吉野・飛鳥旅
<大阪阿部野橋~吉野・飛鳥~大阪>
~2021年11月11日(木)~
今回は、近鉄電車が期間限定で発売している「近鉄1dayおでかけきっぷ(大阪・奈良・京都版)」を使用して奈良へ。
メインは、吉野山にある金峯山寺蔵王堂の「秘仏本尊金剛蔵王大権現 特別ご開帳」。
<近鉄1dayおでかけきっぷ(大阪・奈良・京都版/愛知・三重版)>
・有効区間 大阪・奈良・京都版 大阪府・奈良県・京都府内(三本松駅以西)の近鉄線
※生駒ケーブル、西信貴ケーブルを含む。葛城山ロープウェイを除く。
・発売期間 2021年10月4日(月)から12月29日(水)まで <前売限定>
・有効期間 2021年10月8日(金)から12月30日(木)までの指定1日
・販売額 大人1,000円
自宅を6時過ぎに出発し、近鉄・大阪阿部野橋駅には6時40分に到着。
07:00
近鉄阿部野橋駅から近鉄特急(2両編成)に乗車。
車内は、3割程度の乗車率。
殆ど空席で、通勤通学客が短距離の利用をされている列車のようです。
今回は、特急料金520円を払っても元が取れる切符なので利用。
途中駅では乗客が入れ替わり乗車して橿原神宮駅からは少し乗車率が高くなった感じで8時19分、吉野駅着。
吉野駅で下車した人は10名程。
平日朝8時半ごろの吉野駅には閑散とした雰囲気。
4-5名の人は見ましたが、桜の時期ではないので人影は少なめ。
駅前を2-3分歩くと日本最古のロープウェイの乗場があります。
桜の時期は朝7時40分から運行していますが、通常期の始発は9時20分から。
しかも、金曜から月曜のみ。
但し、秋のシーズンは通常期として毎日運行されているようです。
仕方なく、横の山道(七曲り)を歩くことに。
車1台が通れる道ですが、クネクネ曲がる近道として階段があり、そこを利用。
2-3か所の近道を利用しましたが、急な階段なので最後だけは車道をぐるり歩くことに。
最後の近道をショートカットしていたら、大橋を渡らずロープウェイの山上駅近くに行けます。
この大橋は、吉野三橋の一つに数えられ、形こそ橋の格好をしていますが、川に架かる普通の橋ではありません。
橋の下には水がなく、両側は谷になっています。
元弘の戦に際して、護良親王が吉野山を要塞化するにあたり造った大塔宮吉野城の堀切(空堀)に架かる橋です。
少し歩くとロープウェイ乗り場が見えてきました。
そのあと、吉野山への総門を通過。
昔は公家、大名といえども馬や駕籠から降り、槍を伏せて通ったようです。
その後、銅の鳥居があります。
標高も少し高くなり、目の前に吉野山のシンボル金峯山寺の仁王門が見えてきます。
ところが、今は工事中でさらに上の二天門跡付近のから境内へ。
修験道の総本山金峯山寺(きんぷせんじ)。
蔵王堂は正面5間、側面6間、高さ約34m、檜皮葺き(ひわだぶき)の、東大寺大仏殿に次ぐ木造大建築。
蔵王権現像(重文)3体がまつられ、本尊は高さ7m。
今回は、この三体が公開。
(堂内の撮影は禁止のため吉野山観光協会のHPからの写真を掲載)
特別(秘仏御本尊特別ご開帳時)拝観料1,600円(通常800円)を払い、金剛蔵王大権現を拝見。
堂内は、土足厳禁!
入口で特製エコバックに靴を入れ、ミニ札付が付いていました。
奥に近づくと「発露(ほつろ)の間」に通されました。
発露の間は、心の内を打ち明け懺悔する場所。
金剛蔵王権現立像3体右前に座ると仕切に囲まれ、線香が1本立てられ、5分程じっと観覧。
その後、後方の建物・蔵王権現本地堂へ。
~本地堂~
食堂(じきどう)の跡地に役行者1300年大遠忌を契機として建立。
本地堂には蔵王権現の本地である釈迦・千手観音・弥勒の三尊、役行者・前鬼(ぜんき)・後鬼(ごき)像が安置されています。
その後、再び金剛蔵王権現立像3体横を通り出口に向かうと、今度は3体左前の発露の間に通され、また5分程鎮座。
じっくり、金剛蔵王大権現を拝見して隣の御朱印受付所で拝受。(直書き・300円)
特別開帳の御朱印(書置き・500円)も拝受。
金峯山寺には、30分程(08:56-09:30)滞在。
その後、山の上のほうに歩いていると郵便局が。
風景印が有るかを聞くと有るようなので、押印を依頼。
愛想の良い方で、奥にいた局長?責任者の方も声を掛けていただき、綺麗な風景印を頂きました。
図柄は、国宝蔵王堂と満開の吉野桜。吉野の桜が有名なので、桜の絵柄の葉書を進めて頂きました。
▼風景印情報▼
(使用開始日)2005年4月1日
(意匠図案説明) 国宝蔵王堂と満開の吉野桜を描く(図案改正)
(郵便局名)吉野山郵便局
(開設場所) 〒639-3115 奈良県吉野郡吉野町吉野山548-2
その後、金峯山寺・郵便局から少し歩くと世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一つである南朝皇居・吉水神社へ。
南北朝時代に後醍醐天皇が行在所(仮の皇居)とした神社です。
境内から見る桜景色は「一目千本」と呼ばれ吉野山を代表する桜スポット。
(ここからは中千本、上千本の桜を同時に見渡せます)
今は桜ではありませんが、違った色合いが見えました。
境内は本殿・書院・庭園がありますが、書院拝観料(600円)を払い見学できます。
この日は、神主さんをベル鈴で呼び書院拝観料を払い、御朱印をお願いしました。
書院内には、源義経・静御前 潜居(せんきょ)の間や後醍醐天皇玉座などがあります。
太閤(豊臣秀吉)愛用の金屏風など。
他にも多数の宝物が展示されていました。
書院裏庭にある北闕(ほっけつ)門は、邪気払いのパワースポット。
その足元には、左上にセーマン、右下にドーマンの印が刻まれます。
石の左側には、九字真法(くじしんぽう)が書かれています。
臨(りん)
兵(ぴょう)
闘(とう)
者(しゃ)
皆(かい)
陣(じん)
烈(れつ)
在(ざい)
前(ぜん)
~吉水神社~
元は吉水院といい、金峯山寺の格式高い僧坊でした。
明治初期に神仏分離が行われ、後醍醐天皇の南朝の皇居であったことから、明治8年に後醍醐天皇、楠木正成を祭神とする「吉水神社」へ。
源頼朝に追われた源義経が静御前に弁慶らと身を隠した場所や南北朝時代に後醍醐天皇の行宮、豊臣秀吉が花見の本陣としたことなど数多くの歴史的逸話があります。
書院(重要文化財)には、後醍醐天皇玉座の間や義経潜居の間、太閤秀吉花見の間などがあり、南朝の宝物が数多く展示されています。
御朱印を拝受。
ここでは、兼務社の勝手神社の御朱印の拝受。
この後は、吉野山を後にして吉野神宮へ。
徒歩だと30分程かかりますが、バスなら5-6分で行けます。
しかし、路線バスは吉野町のコミュニティーバスと吉野大峯ケーブル自動車の路線バスのみ。1日の本数は非常に少なく、10時半頃に2社のバスが付近を通るので先に来たコミュニティバスに乗車。
10:24
銅の鳥居前のバス停からコニュニティバスに乗車。
鳥居横のバス停は急な坂になっているので、マイクロバスは少し先で停車。
車内は誰も居なく、先払いの運賃200円を払い、目的地の吉野神宮までを運転手に言って乗車。
舗装された道路で、ロープウェイ乗り場を通過し、吉野神宮方面の車道を6分程走ると吉野神宮に到着。(10:30着)
丁度、吉野神宮の横側から入る場所にバス停があり、鳥居をくぐり境内へ。
参拝客は、4-5名ほどが居た感じでしたが、帰る時も5-6名が来ていました。
~吉野神宮~
明治22年(1889)、明治天皇により創建。
祭神は後醍醐天皇。
社殿は昭和7年(1932)の改築で、本殿、拝殿などは全て檜造り。
境内には建武中興の巧臣7人が祀られている摂社3社があります。
境内には、七五三を迎える準備で色鮮やかな和傘、風車、手水舎を見ることができました。
<和傘>
<風車>
門の左右に飾られていました。
<手水舎>
他にも、色鮮やかな展示が所々に見かけました。
参拝後にベル鈴で神職さんに御朱印をお願いしました。
本殿付近には無人で、お札の購入など必要な時は、ベル鈴を押すシステムになっていました。
通常のご朱印を拝受。(直筆・300円)
御朱印帳を購入すると、上に金色の桜模様が押印されますが、今回は直筆で自分の御朱印帳へ記帳して頂きました。
この後、電車に乗りますが、駅までのバスはコミュニティバスのみ。
しかし、バスの時間は1時間以上後なので徒歩で。
吉野神宮からは、下りの車道を15分ほど歩くと行けますが、近鉄吉野神宮駅からは急な登り坂で、歩けば20分以上は必要だと思います。
駅近くに鳥居がありました。
ここから20分以上歩くと吉野神宮に行けます。
近鉄・吉野神宮駅の目の前に郵便局がありました。
少し時間があったので、ここでも風景印を依頼。
図柄は先程と同じでした。
駅は無人駅。
11:14
吉野神宮駅から近鉄電車(橿原神宮前行き普通列車)に乗車。
5-6人が乗車し、42分の乗車で飛鳥駅に到着。(11:56着)
ここから、飛鳥の町をレンタサイクルで散策。
駅前にある明日香レンタサイクルで普通の自転車を借りました。
料金は平日900円。休日だったら1,000円。
今回ネットから割引クーポンを取得していたので200円引きの700円で1日借りました。(営業時間は17時まで)
飛鳥駅から少し離れたキトラ古墳エリアへ。
途中から上り坂。
左右の自然の山々を見ながら自転車を押して目的地の「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」に到着。(12:23着/所要時間20分)
今回の目的は、事前予約していた「キトラ古墳壁画公開(白虎)」の見学。
1日数組限定の本物の壁画が見れる現場へ。
館内は、地下1階から無料で入場できますが、1階にキトラ古墳から発見された壁画が厳重管理されており、係員の指示の元、ガラス越しにある壁画を見学。
約10分ほどの見学時間。(撮影禁止)
受付を行い、時間があったので、地下1階にある無料の展示エリアを見学。
模型の石室や転写された壁画などが紹介されていました。
今回は、西壁「白虎」、天井「天文図」の2面が公開。
感染対策と厳重な管理下で、館内1階にあるエリアへ。
(撮影禁止のため、写真は館内地下の展示品を掲載)
参加者9名程。
今回の白虎。(写真は地下1階展示エリアの模写)
一般的に、白虎は南側(向かって左)を向いて描かれるが、この白虎は北側(向かって右)を向いている点が特徴。
実物の姿は確認できましたが、白虎の下の箇所は劣化?され、写真のような全体の明瞭さはありませんでした。
また、天文図には10個以上の金箔で星を示していました。
こちらも、天の北極を中心にした円形の星図のようですが、保存状態が良さそうでない感じで、はっきりした星々が分かりづらかったです。
~特別史跡 キトラ古墳~
キトラ古墳は、藤原京の南に広がる古代の皇族・貴族などの墓域に所在する小さな円墳で、7世紀末~8世紀初頭頃に造られたと考えられます。
墳丘の中央には、18個の凝灰岩の切石を組み上げた石室があります。
昭和58年の調査で石室内に描かれた極彩色壁画が発見され、高松塚古墳に次ぐ我が国2例目の壁画古墳であることが確認。
古墳は平成12年に特別史跡に指定されました。
~国宝 キトラ古墳壁画~
キトラ古墳の石室内には、四神、十二支、天文図、日月の壁画があります。
四神は天の四方を司る神獣で、壁画は対応する方位に合わせて、東壁に青龍、南壁に朱雀、西壁に白虎、北壁に玄武が描かれています。
高松塚古墳では、盗掘により南壁の朱雀が失われていたため、我が国で四神の図像が全て揃うのはキトラ古墳壁画のみです。
四神の下には、獣頭人身の十二支が描かれています。
北壁中央の子から時計回りに、方位に合わせて各壁に3体ずつ配置されています。
現在確認できているものは、子、丑、寅、午、戌、亥の6体です。天井には天文図と、東に金箔で太陽が、西に銀箔で月が描かれています。
この天文図は、赤道や黄道を示す円を備えており、本格的な中国式星図としては、現存する世界最古の例といえます。
壁画5面は、令和元年に国宝に指定されました。
(キトラ古墳壁画保存管理施設HPより)
~「キトラ古墳壁画の公開(第21回)」の概要~
【公開期間】 令和3年10月16日(土)~11月14日(日)
※閉室日10月27日(水)、11月4日(木)
【展示品】
・国宝 キトラ古墳壁画のうち 西壁「白虎」 天井「天文図」
・重要文化財 キトラ古墳出土品のうち 金銅製六花形飾金具 金銅製六花形飾金具(復元品) 銀鐶付六花形飾金具 漆塗木棺片 金箔片 銀装把 銀製鞘口金具 刀身 銀製鞘尻金具 黒漆塗銀装大刀(復元品)
【場所】 キトラ古墳壁画体験館 四神の館1階
【見学料金】 無料
【定員】 各日250名程度
13:21
13時から10分ほど壁画を見学。
館内の周辺はキトラ古墳公園として整備されていますが、特にお店や建物もなく、駐車場がある程度の公園です。
この後、4.6km離れた石舞台古墳へ。
行き方は複数ありましたが、地図で近道の山を越える道を選択。
飛鳥駅から来た道を少し戻り、右側の山へ。
道路は整備され、2車線の舗装道路ですが、自転車では漕いで登るのは不可能。
一つ目の山をゆっくり自転車を押して上り、少し下ると、二つ目の山。
これもゆっくり押して上り、40分程で石舞台が見える場所に到着。
ここには、過去何度か来ていますが、昔の無料時代の記憶は薄く、有料になって外から見た覚えがある場所です。
今回は、入場料300円を払い石舞台古墳へ。
この日は、兵庫からの修学旅行生(中学生)が飛鳥の町をレンタサイクルで多数見かけ、この石舞台にも多数の生徒たちがいました。
(途中、教職員に兵庫県からのと聞きました)
~石舞台古墳~
奈良県明日香村にある古墳時代後期の古墳。
(国の特別史跡)
元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたが、その土が失われ、巨大な石を用いた横穴式石室が露出。
埋葬者としては蘇我馬子が有力視。
埋葬施設は両袖式の横穴式石室。西南方向に開口。
(花崗岩で作られた石組み)
石室内にも入れます。
玄室は、長さ約7.7メートル、幅約3.5メートル、高さ約4.7メートル、羨道は長さ約11メートル、幅2.5メートルの規模。
石室内部には排水施設があり、約30の石が積まれ、その総重量は2,300トンに達すると推定。
おそらく、普段は閑散としてると思いますが、この日は平日午後にも関わらず、修学旅行生以外に一般の見学客も頻繁に来ていました。
石室内撮影時には、現地ボランティアガイド(?)が撮影者の居ることを関知せず、5分以上居座り、移動する指図をして撮影できました。
(時折、観光地で見られるガイドマナーの低い光景!)
石舞台周辺は、20分程の滞在場所でした。
(14:00-14:22)
続いて、自転車で15分程の岡寺へ。
14:35
日本最初やくよけ霊場・岡寺。
(14:35-14:55)
明日香村の東にある岡山の中腹にあり、レンタサイクル店の方が教えて頂いたように急な登り坂の下に自転車を止めて徒歩で上へ。
入山料として400円が必要です。
境内には、本堂・三重塔・鐘楼堂があり、山の上に立派な建築物がありました。
本堂内々陣お扉特別開扉(重文)でした。
本尊は日本三大仏のひとつである如意輪観音坐像(重文)。
塑像(土でできた仏像)としては日本最大の仏様で、やくよけの観音様として信仰を集めています。
御本尊の脇にある扉が開帳され、間近から全身を拝むことができます。
~ 日本三大仏とは ~
”銅像”の東大寺 毘盧遮那仏(奈良の大仏)
”木像”の長谷寺御本尊 十一面観世音菩薩
”塑像”の岡寺御本尊 如意輪観音菩薩
◇西国三十三所草創1300年記念 特別拝観◇
(本堂内々陣御扉特別開扉)
2021年10月9日(土)〜12月5日(日)
入山時間 8時30分〜17時
<三重塔>
参拝後は本堂横の納経所で御朱印を拝受。
「西国第七番」の押印(右上)
「厄除大悲殿」の文字、
「西国三十三所草創1300年 岡寺」の記念印
「ご本尊 如意輪観音の梵字」の印(中央)
「岡寺」の文字、
「龍蓋寺」の印(左側)
※記念印は、2016年~2022年3月31日まで
~岡寺~
奈良県明日香村の東にある岡山の中腹に位置しています。
昔には日本の首都、飛鳥京の中心地 飛鳥板蓋宮(大化の改新が起こった場所)、現在は明日香村行政の中心地 明日香村役場の東に位置します。
過去においても現在においても政(まつりごと)・行政の中心地のすぐそばに位置しております。
現在広く知られているこの『岡寺』という名ですが実は地名に因る名であり、古く創建時は別の寺名がありました。
その名は山号は 東光山(とうこうさん)院号は 真珠院(しんじゅいん)寺名は 龍蓋寺(りゅうがいじ)といい、山号・院号・寺名がそれぞれあり『東光山 真珠院 龍蓋寺』となります。
しかし古来より土地の名から『飛鳥の岡にある寺』=『岡寺』と親しみをこめて呼ばれており、現在では宗教法人としての名も『龍蓋寺』ではなく『岡寺』となっており、『岡寺』の名で知られております。
西国三十三所観音霊場の第七番札所として西国霊場草創1300年来、第七番の観音様として信仰を集めており、また日本最初やくよけ霊場としても知られています。
現在は真言宗豊山派に属しておりますが、創建当初より江戸時代までは開山の義淵僧正が法相宗の祖であったことから法相宗興福寺の末寺であり、興福寺から別当(住職)を選出しており、室町時代には興福寺別当が岡寺別当を兼務しておりました。
江戸時代に長谷寺第32代化主(住職)法住が岡寺に入山して中興第一世となって以来、長谷寺の末寺となり今日に至っています。
同じ西国札所の興福寺・長谷寺とは昔から深いかかわり合いがあるお寺です。
<岡寺HPより抜粋>
こちらの手水舎も色合い鮮やかでした。
参拝後に通り雨に遭いましたが、今回初めて傘を差して坂の下の自転車置き場まで歩いていきました。
歩いていると雨が上がり、その後は雨は降りませんでした。
次は、岡寺から自転車で20分程先にある飛鳥寺へ。
~飛鳥寺~
(15:15-15:29)
奈良県の明日香村にある真言宗豊山派の寺院・安居院。
蘇我馬子が創立した日本最初の本格的な寺院。
本尊 聖観世音
開基 曽我馬子
建立 崇崚天皇元年
本尊の釈迦如来(飛鳥大仏)は、本堂に安置されています。
拝観料350円を払い、飛鳥大仏を拝見。
堂内後方に続く庭園の縁側には、出土品や仏像などが展示されていました。
~飛鳥大仏~
609年、当代一流の仏師であった仏師・鞍作鳥(くらつくりのとり)によって造られた日本最古の仏像。
高さ約3m、当時は銅15t、黄金30kgを使用。平安・鎌倉時代の大火災によって、全身罹災(りさい)し、補修。
ここにも多くの修学旅行生と一般の観光客が大型バスで訪問されていたので、時折人混みに遭遇する場面もありました。
参拝後、御朱印を拝受。(300円)
ここは、事前に御朱印帳を預けて参拝する方式。
番号札をいただき、御朱印帳を預けました。
~御朱印・飛鳥寺️~
「奉拝」の文字、
「新西国霊場第九番札所」の印(右側)
「飛鳥大佛」の文字と印(中央)
「飛鳥寺」の文字と印
続いては、
飛鳥寺から自転車で5分程にある飛鳥坐神社️へ。
神社前は、古い街並みの風景。
飛鳥坐神社️<あすかにいますじんじゃ>
小高い鳥形山の階段を登ります。
林に囲まれた場所に本殿があります。
後方には、神楽殿・西良殿があります。
人は居ませんでしたが、祭事の時だけ賑やかな場所のようです。
~飛鳥坐神社~
(15:39-15:52)
<あすかにいますじんじゃ>
祭神は次の4柱。
事代主神
高皇産靈神
飛鳥神奈備三日女神(賀夜奈流美乃御魂)
大物主神
社務所は、階段下にありますが、新社務所として社務所後方近くに普通の家のような建物に移動されていたようです。
そこで、御朱印を拝受。(300円)
玄関先に缶箱に入った書置き御朱印を頂くスタイル。
お金は箱に入れておきます。
お札などが欲しいときは、玄関口の呼び出しブザーを押せば良いようですが、今回は御朱印だけ頂きました。
これで、予定の神社仏閣巡りは終了。
飛鳥駅で自転車を返すため、スマホの位置情報(経路)を頼りに駅に進みましたが、途中で道に迷い、同じ道に戻ってきたのを感じ、再度スマホを確認しながらレンタサイクルの営業時間前の16時45分位に到着し返却。
結局45分位かかったようです。
(普通でも飛鳥寺から30分位かかります)
列車まで少し時間があったので、近鉄飛鳥駅前の案内所にあるお土産コーナーで大和名物・はにわまんじゅうを購入。
こしあん、白あん、クリームの3種類ありましたが、こしあん、クルームの2種類を購入。
2個入り税込み195円。
普通に美味しいお饅頭。
こしあんは、控えめな甘さで食べやすい。
<こしあん>
クリームは、クリームペースト味が美味しかったです。
<クリーム>
形が、埴輪になっており、いづれも異なった絵柄。
お手頃価格で購入できますが、広島のもみじ饅頭と同じ感じです。
16:58
近鉄飛鳥駅から大阪阿部野橋行き急行に乗車。
4分後の橿原神宮前駅に到着。(17:02)
橿原線に乗り換え。
17:06
橿原神宮前駅から京都行急行に乗車。
17時36分、大和西大寺駅に到着。
ちょっと奈良駅方面へ
17:44
大和西大寺から奈良行き快速急行に乗車。
17時50分。近鉄奈良駅に到着。
久しぶりの奈良駅。
夜なので思った程の観光客もおらず、どこかで夕食を。
商店街を歩いているとカレーショップを発見。
駅から少し歩いた「若草カレー本舗」さんで
「スペシャルあいがけカレー」を頂きました。
若草カレー、マイルドカレー、チキンカレー、ブラウンカレーの4種類が味わえ、肉や野菜、パパドが乗り、適度な辛さで美味しかったです。
その後、平日夜の奈良公園周辺を散策。周辺の寺院は閉まり、人影も居ない。猿沢の池近くの興福寺の五重塔がライトアップされていた位。
猿沢池の前にあるスターバックスも営業中でした。
東大寺の参道も暗く、玄関先の交差点付近で3匹の鹿を発見。
疲れていたのか、横になり、ゆっくりしていました。この時間帯、駅周辺しか人が居なかったため、近鉄奈良駅へ。
19:58
近鉄奈良駅から神戸三宮行き快速急行に乗車。
大和西大寺からは立ち客が出る程の混み具合で20時26分、近鉄鶴橋駅に到着。
これでお得な「近鉄1dayおでかけきっぷ」の旅は終了。
今回の行程&電車料金
・大阪阿部野橋→吉野_990円(別途、特急料金520円払)
・吉野神宮→飛鳥_440円
・飛鳥→近鉄奈良_590円
・近鉄奈良→鶴橋_500円
総計2,520円
購入金額は1,000円だったので、1,520円お得でした。
その後、JRを利用して帰宅しました。